前回からの続きです。よかったらひとつ前から読んでね!→

発覚後はパニックだったし、手術後はトイレに行くのも吐きそうになりながら必死で何も考えられなかったのに、日にち薬で体がよくなっていくと「どうしてこんなことになったのか」と考えるようになりました。

自分が欲張って不妊治療をして子宮外妊娠でお腹を切る手術して赤ちゃんはダメだった。

小さい市の総合病院ではしょうがなかったのかもしれないが、すぐそこには新生児室がありガラス越しに赤ちゃんが何人もいて、向いの部屋はお産をした人たちの部屋でした。私の部屋は4人部屋で、1人は今の私くらいの子宮筋腫の為子宮を摘出した人と、切迫流産でお腹に赤ちゃんがいる人が2人。

周りをみては何でも悲しい。自分を責めてメソメソしていた。
せめて個室に行きたい、と夫に言ったのですが「手術にはなったけど予後はよくてすごくラッキーだったし、そんなに悲しまなくてもいいのでは」といわれました。
たぶん私以外はみんなそう思っていたのでしょう。看護婦さんにもちょっと言ってみたところ「入ろうと思えば入れるけど、お金もかかるし(入らなくても)いいんじゃない?」と言われて、とうとう大爆発!!ベッドでワンワン大泣きしてしまいました。

しばらくして先生もが飛んできました。 執刀医じゃなかったけど担当のうちの一人の同年代の女医さんでした。
手術はうまくいってこれからの機能にも問題はない、出血も本当に少なかった、今回は自然妊娠することができた、と色々話して励ましてくれました。でも何を泣いているかわからない、って感じでしたね(苦笑)
ただようやく大泣きできたことと、それでも色々励ましてもらったことでぐっと楽になりました。

(私の思ったことはやっぱり変だったのでしょうか?という疑問はありますが、こういう感情は初動が大事だなと思います。悲しい、悔しいなどの感情は 最初にばーーーんと出して泣いて泣いて泣き尽くす、というのが結局立ち直りが早い。私は変にタイミングがずれてしまって周りが??となってこじらした気がします。
なんでもとことん、とことん落ち切ったほうがはい上がりやすいのでしょうね) 
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しばらくして退院しましたが、
「もう子供は一人でいい!不妊治療はやーめた」となりました。
私には一人生まれただけでも神様に大感謝レベルじゃないか、ありがたい話じゃないか、って思いました。
あーーもういいやって。せいせいした~~☆


なーーんて言ってたら・・・

なんと妊娠しました。すぐ。ビックリしたなんてもんじゃない。
結局これが次男ですが、一回も生理がこないまま妊娠したので母子手帳に最終生理日は書いていない。

よく不妊治療をさんざんやって、「もう無理、あきらめた」といって仕事や好きなことを始めたり、上の子のおさがりを全部捨てたら妊娠した、と言う話はよく聞きます。
もちろん「ストレスがなくなった」というのも大きい理由だと思うけど、「執着を手放す」というのがどんなに大きいのかというのがわかります。

これは妊娠だけじゃなく普通の「願望」でも一緒ですが、わたしはこの時「ここまで執着を手放さないとダメなのか!!」と正直がっくりしたくらい。
心の中のに「もしかしたら大どんでん返しがあるかも・・・」みたいな願望がちょっとでもあったらダメですね。本当に「手放す」ということは、今までを全部かなぐり捨てるような出来事がないとなかなか人間それができないのか、と。

手放す、って本当に難しいです。



結婚前、一緒に働いていた子とお茶を習っていたことがあります。お茶やお菓子が楽しみと言うとんでもない理由ですが結構続けていて、先生は年配のとても人柄のいい方で結婚後も通って色々相談に乗ってもらいました。
子供ができないということも相談したときに先生に言われた言葉は
「〇〇ちゃん、それは欲っていうのよ」
若い時の自分は純粋に赤ちゃんが欲しい気持ちを「欲」という言葉で言われてショックでしたが、まあそうですね、欲ですね。子供がいたらもっと幸せなのに、みたいな気持ちは欲ですね。
生きていく限り欲は絶えることはなく、死ぬまでずっと人間は欲深なのでしょう。

お茶の先生はもうだいぶ前にお亡くなりになってしまいましたが、この言葉はよく覚えてます。